2012年5月5日(土)23:30:15井口 秀実
リサイクルのメモ用紙で兜を作ってみた。
最後に作ってから久しく、途中で頓挫するかなと多少不安に感じながら始めたのだが、一度も迷うことなく完成させることが出来たのが意外だった。子供の頃に一所懸命やったことは憶えているものだなと感心 (^v^)。
余りの天気の良さに家の中にじっとしていることが出来ず、車で10分位のところにある野川公園に足を運んでみた。緑一杯の広い公園を縦貫する小川では子供たちが魚採りに夢中だ。
総務省の人口推計が発表され、15歳未満の子供の人口は前年比12万人減だ、と。
が、子供の人口が減った、大変だ・大変だといつものように騒ぐ前に、もうそろそろ、我々が子供のために出来ることは何かを考え、行動することが先決ではないだろうか?
そのために自分は何をしている? エレキットは何が出来ている? そんなことを考えていた一日だった。
2012年4月24日(火)23:47:27井口 秀実
久しぶりに会社を訪れ、社員諸君の元気な姿を目にして来た。緑が鮮やかなこの時期、今年度の商戦が愈々本格化する様子は学年の始まりにも似ている。
会社の玄関にはハナミズキが咲いている。
随分と前になるが、まだ業績を上げようと悪戦苦闘している頃、気持ちはいつも明るくありたいな、余りにも殺風景な玄関に華が欲しいなと思い、植えたのがこのハナミズキと桜だ。今、それを憶えている社員はいないだろうが、当時、古参社員だったSさんに「社長、こんな陽の当たりの悪いところでは可哀そうですよ。」と苦言を呈された記憶がある。が、それでも、よくここまで育ち、花を咲かせるまでになってくれた。 あ、裏門の百日紅は元気かな?
2012年4月22日(日)23:16:17井口 秀実
先週半ばのこと、台湾に駐在していた時に採用したC君が来日し、旧交を温めた。彼は今、日本企業の台湾子会社の社長に栄進し、日本人出向社員11名、台湾人社員350名をマネージしている。
宴もたけなわ、彼が「井口さん 日本は大丈夫でしょうか?」と言い出した。
曰く、「自分たちにとって、日本人は色々な面でお手本だった - - - 勤勉、規律を守る、きちっとした挨拶が出来る、清潔である、等々。ところが、最近の、特に20代、30代の日本人を見ると、とっても「日本人」とは思えない。」と。
「え~?どんなところが?」と訊くと、「日本人社員を見ると、生活がだらしないし、働きはほどほどだし、身なりをとっても個人用はきれいにしているが会社の制服はきれいにしないし。。。、まだまだ社長として努力不足なのだなと反省するんですけど。」、「でもね~、日本には時々出張して来るんですけど、電車の中でもお年寄りに席を譲らない或いは見てみぬ振りをしている若者が目立ちますよ。そのたびに、これって日本なんだろうかとガッカリするんですよ。」、「だから、台湾人社員に対して、”日本を・日本人を見習え”と強く言えなくなって来ている自分がにいるんですよ。」と。
手厳しい指摘、だが、謙虚に耳を傾けなくては!
彼に「台湾人として恥ずかしい」と言われるのは日本人として恥ずかしい。ホント、そう思う。
「教育」を根底から見直さなくてはいけない。それでも20年、30年掛かる大きな課題だ。
2012年4月9日(月)15:38:59井口 秀実
風はまだ冷たいものの空は真っ青な昨日はどこもかしこも花盛り。家にいるのはとっても勿体ないので外に出ることにした。
最初に訪れたのは井の頭公園。緑に囲まれて、大勢の人がピクニックをしている。広い公園が人集りで埋まるところがないほど。次に行ったのは、「桜がきれい」と聞いていた目黒川。工作教室でお手伝いをしてくれたMさんが小学生の起業教育をしていて、生徒の一人が屋台を出してレモネードを売っているとのことだったので、サクラのつもりで。中目黒駅は出口に辿り着くまでが大変!駅を出ると更に大変!人・人・人の洪水だった。また駅に戻ると同じ羽目に陥ると思い、思い切って恵比寿まで歩くことにした。結局、いつの間にかかなりの長い距離を歩いていたが、距離を感じない、心地良い疲れだった。

井の頭公園 目黒川
つくづく、日本人にとって桜は特別な意味があるんだなあと思う。
吉村 昭さんの随筆集にこんなエピソードがある。(少し長くなるが、以下、ママ引用する。)
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・・・そのような桜を眼にすると、故人になった篤志面接員のNさんが口にした話を思い起す。
篤志面接員とは、法務省の依頼を受けて、死刑囚や長期刑囚の相談相手になる無報酬の民間人である。受刑囚に心の安らぎを与える、人格秀れた人たちである。
受刑者の中には句作に気持ちの安らぎを求める人が多く、専門の俳人が指導にあたる。そこで作られた俳句を、私はしばしば眼にしたが、秀れたもおが多く、それは閉ざされた世界に身を置いているため、感覚が研ぎ澄まされているからなのだろう。
Nさんの話は、春の句会のことであった。Nさんが長期刑囚たちと、指導する俳人がくるのを部屋で待っていた。戸が開き、俳人が姿を現わした。その瞬間、受刑者の間から得体の知れぬ声が噴き上げ、勢いよく立ち上がる者もいた。受刑者たちは、俳人がかかえているものに視線を据えていた。眼を大きく開き、食い入るように見つめている。
俳人は、満開の桜の花がついた枝をかかえていた。
「感動と言うのでしょうか、その折の受刑者の眼の輝きは、今でも忘れられません」と、Nさんは言った。
受刑者は獄房で寝起きし、昼間、作業場に行っても、そこが閉ざされた世界であることに変わりはない。運動する場所も高い塀にかこまれ、空をよぎる鳥や稀にではあるがまぎれ込んできた昆虫を眼にするにすぎない。春の季節になれば、桜の咲く堤や公園を思い起こすのだろうが、長い獄中生活でそれは幻影に近いものになっている。そのようなかれらの前に、突然、俳人のかかえた桜の花が現われた。
俳人が、席題を「桜」とすると言って、句会が始まった。しかし、受刑者たちは桜を見つめ、紙に鉛筆を走らせようとして視線を落としても、すぐに眼を桜に向ける。いつもは、受刑者同士、または俳人との間でなごやかに言葉を交す。が、その日はだれも口をきかず、一種おかしがたい沈黙が続いた。
「句会にはなりませんでしたよ。句を作った人は少なく、作った句も焦点が定まらぬものばかりで、俳人の先生は失敗でした、とにが笑いをしていました。」
( 吉村 昭 「わたしの流儀」より )
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ところで、昨8日は、「はなまつり」の日だった。
昨今、話題にものぼらないように思えるが、学校などでは教えているのだろうか?
2012年3月11日(日)22:10:06井口 秀実
あの大震災から一年。
今日は多くは語るまい。
天皇陛下のお言葉は一語一句心が籠っていた。
そして、イギリスBBCが制作したドキュメンタリー「Japan’s children of ths tsunami」では、不安と闘いながら前に向かって進もうとする子供たちが描かれていて素晴らしい作品と思う。