株式会社イーケイジャパンは「楽しい科学」を提案する企業です。

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脇道にそれない子どもたち

2008年9月17日(水)19:54:43井口 秀実 コメント »

出張から戻って来て三日経つが、なかなか時差が抜けないようだ。ようだと云うのは、これが時差なのか、それともトシをとったせいなのか、そこらが分からないから。時差ならまだまだ若い証拠。そうであって欲しい。

つい最近読んだ雑誌に養老孟司さんが以下の小文を寄せておられた。

7月、子どもたちと昆虫採集をしていて、奇妙なことに気づかされた。「科学の不思議世界に子どもたちを誘いたい」と広島で企画された、小学生対象の「スーパーサイエンスミュージアム」でのことである。虫捕りの場所は島根県内にある三瓶山。ふもとに草原が広がる火山で、なかなかの絶景である。
網を片手に僕が率先して山道を歩く。ふっと振り返る。二、三十人の小学生がぞろぞろとついてくる。僕が脇道にそれて、虫がいないかと探しにいく。すると、子どもたちは脇道にはついてこないで、「本線」で突っ立っていた。道を外れるのは老人である僕だけだったのだ。
結局、僕があまりにも好き勝手に道からそれ、崖をよじ登ったり、木にぶら下がったりしていたので、子どもたちは恐る恐るついてくるようになった。
子どもたちが道を外れない。このことに何よりも衝撃を覚えた。日本は大丈夫だろうか。いや、逆に安泰か。だって、道だけ整備しておけば、その上を歩いてくれるんだから。
自分で見て、自分で考える。それが出来るようになれば、世界はおもしろさに満ちた不思議な空間だ。だから、虫にも触れてほしい。自分の手で虫を捕り、自分の目で観察してほしいと思ってきた。
この夏休み、脇道にそれて虫捕りにいそしんだ子どもたちが、どれくらいいたのだろうか。
  (養老孟司の大脳博物館「脇道にそれない子どもたち」 AERA9月8日号 より)

このところの政治・行政・産業各界での目に余る、不甲斐無い不祥事や茶番劇を見るにつけ、日本は本当に大丈夫か、やや悲観的になっている。大人が子どものためにきちんとした路線を敷いていないことを指摘しておられる養老さんに同感。つい今しがた、ノビノビと遊ぶスイス・オーストリアの子どもたちを見て来た後だけに、その違いは歴然だ。何とかせねば・・・!

旅の終わり

2008年9月9日(火)07:23:01井口 秀実 コメント »

最後の訪問地・モスクワをようやく明日(いや、正確には明後日の早朝)に発つことになっている。

リンツでは二度に亘り全く見知らぬ人から助けて貰った。

一度目はArs Electronica Festivalの初日の夜、リンツで最も高いところにあるPostlingbergでのオープニングイベントの時のこと。リンツの名所のひとつ、このPostlingbergは105度の勾配を登山鉄道で登った先、宗教改革の頃に出来た由緒ある教会があるところ。パーティーがまだまだこれから盛り上がらんとする頃だったが、時差ぼけもあり、きつくなって、お先に失礼させて貰い、市内に戻ろうとした時である。既に深夜11時、登山鉄道はもうサービスを停止しているので、「徒歩でも40分位よ。」との会場係の言葉を鵜呑みにして下山を決意したのだが、流石に不安になって、ちょうど通り掛かった女性に「市内へ行く道はこちらの方向ですか?」と尋ねたところ、「お送りしましょうか?」と予期もしない答が戻って来た。こちらは見ず知らずの、然もガイジン男性に? 思わず我が耳を疑ったものだったが、これほど有り難い救いの手はなかったので、有り難くご好意に甘えさせて貰った。

二度目は、その二日後、市場調査のためリンツ郊外の量販店に行った帰りのこと。用事を終えてタクシーを呼ぼうとして、これもその店でのショッピングを終えて帰宅しようとしていた男性にタクシーの呼び方を教えて貰おうとした時。「どちらまで行くのですか?お送りしましょうか?」と。信じられなかった。見ず知らずの人間を相手に、そんな優しい言葉を掛けてくれるとは!

こうして、二度に亘って、リンツの方々にお世話になった。間違いなく、忘れられない思い出となることだろう。日本で同じように窮地に陥っているガイジンがいたら、リンツでのお世話への恩返しをしたいと思っている。

ロシアはまさにバブルとしか思えない。「勝ち組と負け組、中間はない。」とも聞いた。ビジネスに向ける勢いはすざましいようだ。が、金・金・金、金が全ての社会となっているように見える。
最初に訪問した35年前は社会主義国そのもので、この35年間の変遷を間近に感じることが出来た。得たものも大きいだろうが、失ったものも同様に大きいのではないか?

スイス・オーストリアとロシア。三つの国を訪問して、何が幸せか、考えさせられた訪問だった。

のんびりしてはおられない。その前に荷物の整理をしなくては!
0003.JPG見よ、このカオス状態を!これだけは毎回苦痛・・・。

そろそろ和食が非常に恋しくなって来た。

欧州にて

2008年9月7日(日)09:28:10井口 秀実 コメント »

ちょうど一週間が過ぎた欧州出張。日曜日に日本を発ち、スイスを経て今日がオーストリア最後の夜。高揚した気分で明日の出発準備をしている。

ここオーストリアのリンツにはこの数年訪れている。ここにはメディアアートの世界的なメッカ、Ars Electronicaがあり、不定期だが我社の商品を使ったワークショップをしている関係にある。そして、例年、9月の今頃開催される”Ars Electronica Festival”はとても刺激的なイベントだ。

今年のテーマは「知的財産権の限界」。情報技術が目まぐるしいスピードで進展する中、特許権とか著作権とかの所謂知的財産権についてどう考えるべきなのかをネタに、パネルディスカッションがなされたり、世界中のメディアアーティスト達が作品を通じて問題提起をしている。

約一週間のフェスティバルの中で皆が楽しみにしているイベントの一つが今夜(昨夜)催された”Klangewolke!だ。ドナウ河畔に集まった数万人の観客を前に、音楽とメディアアートを総合した一大ページェントが繰り広げられる。

今年はラッキー!にもArs Electronicaのご好意で、たった3百人しか招かれないと云う特別観覧席で観ることが出来た。筋書きは「生と死」なのだろうか?ドイツ語なので分からなかったが、当たらずと雖も遠からずであることを祈ろう。例年のことだが、ドナウの上での素晴らしい演出で、ちょっと興奮して眠れない。

ところで、来年はArs Electronicaの30周年、そしてリンツ市がEuropean Capital of Cultureとなる年でもある。我社も小規模乍らそれに貢献することを決めて来た。

with Mr. Stocker 20080906.JPG
Ars Electronicaの「天皇」、Mr. Stockerと。

そうそう。。。。 ここに絶対書きたいと思ったことがあった。
スイスでもリンツでもとても優しくして貰った。その優しさは一体どこから出て来るのだろう、と。

明朝はリンツを発ち、次の目的地に。眠い!そして、そろそろ日本食が懐かしくなりつつある。


プロフィール

井口社長

井口 秀実(いぐち ひでみ)
Don Iguchi


1947年、東京都(豊島区池袋)生まれ。
血液型 O型

1970年、一橋大学経済学部卒、三菱商事株式会社入社。

海外事業計画作り、米国コングロマリット企業との合弁会社経営スタッフ業務を経て、 研究開発斡旋・技術移転・ベンチャー投資などに一貫して従事、文系の技術部長(本人苦笑)。

米国ベンチャーへの三菱商事投資第一号・第二号案件を推進、また民営化後初のNTT海外合弁 事業を立案、その立ち上げに中心的な役割を果たした。台北時代は支店の現地法人化を実現、 その経営を担当。

「一見華やかに見える総合商社のメインストリームの部門ではなかったが、時代の先を行く面白い 経験を沢山させて貰った。」

"Japan as No.1"の時代にニューヨーク駐在、”失われた10年”の時代に台北駐在。

ニューヨーク駐在の頃、現地校に通う三人の子供を見て、色々なことを経験させる米国教育の 良さを実感。また、学校・コミュニティーとの付き合いを女房任せにしていたことを猛省。 (米国では全50州のうち40州を訪問。未だグランドスラムを目指す。)

台北駐在時には何度も台湾人のバイタリティーに元気付けられ、以来”新新新台湾人”を自称。

2002年、大学ボート部の悪友に「騙されて」、株式会社イーケイジャパン社長に就任。
2011年9月、取締役会長に就任。東京をベースに新たな悪だくみの仕掛け作りに着手。(笑)
テクノロジー、サイエンス、アートをテーマとした新商品群・事業の構築に挑戦中。

趣味:観劇、音楽・映画鑑賞、旅行、絵画鑑賞、読書、ゴルフ(3年間休業状態!) 趣味というよりも、「好奇心旺盛」。

「悪戦苦闘の毎日だが、こんな素晴らしい事業に携わる機会に恵まれたことに感謝!」
「休暇がとれたら世界遺産を見て周りたい...」
「リタイヤしたらマンハッタンに住みたい...」

三菱商事課長時代は、「”部長より怖い”と言われていたらしい。」
「最近はめっきり温厚になった。」


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