株式会社イーケイジャパンは「楽しい科学」を提案する企業です。

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形勢逆転

2008年12月20日(土)01:41:30井口 秀実 コメント »

昔から昼食は会社で取らないことを流儀として、太宰府に来てからも意固地に守って来た。夜遅くまで会社にいることも少なくないので、ランチタイムは謂わば気分転換の時間帯だ。が、外食をするにしても、付近にはこれと云ったレストランもないので、家に戻って家内の料理でパッと済ませることが多くなっている。これは確かに安上がりのメリットがあり、栄養のバランスも良さそうだ。ところが、最近は、前日に家内から「明日はお弁当でいい?」と訊かれる回数が心なしか以前より増えているような気がする。そもそも、地域に根付くのは男性より女性の方が圧倒的に強い。彼女も色々な側面でコミュニティ活動に絡んでいるので(従って、ソリッドな人脈もそこそこ築いている)、何かとお声がかかることが多いためだろう。

が、「いい?」と訊かれると言っても、実際は問答無用の通告のようなものだ。結局、我が「流儀」を捨てて、オフィスでメールや書類に目を通し乍ら(消化に悪いことは承知の上で)、おにぎりなんぞを食べている。

帰宅すると最初の仕事が風呂掃除。「腰が痛いからお願い!」とか言われてやっている内に、いつの間にか「あなたの仕事」になってしまった。ま、風呂に限らず、食器洗いも嫌いではないので構わないのだが、何だか上手く操られているような気がしてならない。まんまと深慮遠謀に乗せられた感じだ。若い頃はこんな風じゃなかったのにと思いつつも、この歳になったら、寧ろ、唯々諾々、余り波風を立てないのが上手くやるコツなのかも知れないと言い聞かせている自分がいる。

それでも、いつからこうなってしまったのか?とは思うが、やはり男は最初から女の敵なんぞではなく、主導権を取ろうと思うこと自体が最初から無謀な試みなのだろうと悟りつつある。

家内は明日も朝から出掛けるらしい。こちらは久しぶりに休ませて貰おう。先週末は出張だったし、疲れを次に残さぬよう、少々リフレッシュしなくちゃ。このところ、名門大企業が大赤字とかスポーツクラブを廃止とか、暗いニュースばかりなので、今夕は社員に集まって貰い、「我社は何としても乗り越えなくちゃならない、心と力を合わせて頑張ろう。」と檄を飛ばしたばかり。今年も残すところ僅かとなったが、皆にとって良い年が来ることを祈っている。、


プロフィール

井口社長

井口 秀実(いぐち ひでみ)
Don Iguchi


1947年、東京都(豊島区池袋)生まれ。
血液型 O型

1970年、一橋大学経済学部卒、三菱商事株式会社入社。

海外事業計画作り、米国コングロマリット企業との合弁会社経営スタッフ業務を経て、 研究開発斡旋・技術移転・ベンチャー投資などに一貫して従事、文系の技術部長(本人苦笑)。

米国ベンチャーへの三菱商事投資第一号・第二号案件を推進、また民営化後初のNTT海外合弁 事業を立案、その立ち上げに中心的な役割を果たした。台北時代は支店の現地法人化を実現、 その経営を担当。

「一見華やかに見える総合商社のメインストリームの部門ではなかったが、時代の先を行く面白い 経験を沢山させて貰った。」

"Japan as No.1"の時代にニューヨーク駐在、”失われた10年”の時代に台北駐在。

ニューヨーク駐在の頃、現地校に通う三人の子供を見て、色々なことを経験させる米国教育の 良さを実感。また、学校・コミュニティーとの付き合いを女房任せにしていたことを猛省。 (米国では全50州のうち40州を訪問。未だグランドスラムを目指す。)

台北駐在時には何度も台湾人のバイタリティーに元気付けられ、以来”新新新台湾人”を自称。

2002年、大学ボート部の悪友に「騙されて」、株式会社イーケイジャパン社長に就任。
2011年9月、取締役会長に就任。東京をベースに新たな悪だくみの仕掛け作りに着手。(笑)
テクノロジー、サイエンス、アートをテーマとした新商品群・事業の構築に挑戦中。

趣味:観劇、音楽・映画鑑賞、旅行、絵画鑑賞、読書、ゴルフ(3年間休業状態!) 趣味というよりも、「好奇心旺盛」。

「悪戦苦闘の毎日だが、こんな素晴らしい事業に携わる機会に恵まれたことに感謝!」
「休暇がとれたら世界遺産を見て周りたい...」
「リタイヤしたらマンハッタンに住みたい...」

三菱商事課長時代は、「”部長より怖い”と言われていたらしい。」
「最近はめっきり温厚になった。」


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