株式会社イーケイジャパンは「楽しい科学」を提案する企業です。

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所感・・・ユーザー起点ということ

2009年2月18日(水)19:26:08井口 秀実 コメント(2) »

エレキットを愛用して下さるお客様の年齢層を調べてみた。子どもの頃にエレキットをやったと仰る30代・40代の働き盛りの方々が多いのだが、実は小学校低学年から80代のシニアまで幅広いことに驚かされる。

不景気は況や、恥さらしな事件や閣僚のことなど、何かにつけて暗い話題の多いご時世だが、電子工作を楽しんで下さるお客様方は、ロボットを組み立て、或いは真空管キットにハンダ付けをし、必死に取り組んで完成した時はさぞや喜んでおられるであろう。その時のお顔やお姿、ご様子を想像し、改めてご支援・ご愛顧に感謝し、新たな開発に取り組むこと。商品の価値を世に問うのがメーカーの使命であるとすれば、こう云った気持ちを常に持ち続けることが大切だ。

そして、もう一つ・・・「電子、部品の気持ちになって考えてみる」。これも大切に違いない。

コメント

  1. 投稿者:松尾  2009年2月19日 0:46:10

    応援のコメントです。長文失礼します。

    40代前半♂会社員@東京。御社のかなりご近所出身。小中学生の頃は天神嘉穂無線に毎週入り浸り、パーツを買ってはやけどをしながらいろんな工作をしました。

    子供5才♂が科学博物館の売店で、どうしても実験したいというのでポンプを買い、パッケージの住所で驚き、このWebでまた驚きました。で、数十年ぶりの再開?とあいなりました。エレキット、なんと懐かしい響きでしょう。子供の頃にワクワクしながら作った感動が蘇り、ひととき時間を忘れてWebを眺めていました。

    子供の頃がきっかけで電子電気系の仕事に進むことになりましたし、子供たちも、まだかんたんなものですが、工作や実験が大好きです。慌ただしい毎日ですが、また(もっと)お世話になります。

    どうしても書きたくなり、つい長文となりスミマセン。

  2. 投稿者:井口秀実  2009年2月19日 12:14:19

    松尾 様
    誠に嬉しいお便りを有り難うございます。
    仕事柄、色々な所に出掛けますが、「昔、エレキットやったよ!」と懐かしそうに仰って下さる方々にお会いすることがあります。そのたびにぐ~んと距離が近付き、会話も弾みます。自身は、子どもの頃にエレキットを知らなかったのですが、縁あって深く(実に深く)関るようになりました。隠れエレキットファンはかなりいるのではないかと思っています。「子供の頃がきっかけで電子電気系の仕事に進むことになった」とのこと、エレキットもその進路選択に加担(笑)しているのでしょうね。嬉しい限りです。
    子ども達を取り巻く時代環境も変わり、エレキットの商品性もそれに応じて少しずつ変わっていますが、本質を外れることのないようにはしたいと思っております。工作教室やイベント等で工作を完成した時のハッピーな顔は年齢問わず(皺が多いか少ないかの違い)です。
    お子様が5歳とのことですが、きっとお父様のようなエンジニアになるのではないでしょうか。これからのご成長が楽しみですね。
    弊社のかなり近所のご出身とのことですが、太宰府もずいぶんと変わりました(ようです)よ。地元の方よりも(私のような)エイリアンの方に「もっと折角の太宰府をきれいな街並みにしようよ」という声が多いのも興味深いです。外から見て初めて分かる価値というものでしょうか・・・。
    これからも、皆様に喜んで頂ける商品を太宰府から発信し続けて行きたいと思いますので、どうぞご支援をお願い致します。
    有り難うございました。

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プロフィール

井口社長

井口 秀実(いぐち ひでみ)
Don Iguchi


1947年、東京都(豊島区池袋)生まれ。
血液型 O型

1970年、一橋大学経済学部卒、三菱商事株式会社入社。

海外事業計画作り、米国コングロマリット企業との合弁会社経営スタッフ業務を経て、 研究開発斡旋・技術移転・ベンチャー投資などに一貫して従事、文系の技術部長(本人苦笑)。

米国ベンチャーへの三菱商事投資第一号・第二号案件を推進、また民営化後初のNTT海外合弁 事業を立案、その立ち上げに中心的な役割を果たした。台北時代は支店の現地法人化を実現、 その経営を担当。

「一見華やかに見える総合商社のメインストリームの部門ではなかったが、時代の先を行く面白い 経験を沢山させて貰った。」

"Japan as No.1"の時代にニューヨーク駐在、”失われた10年”の時代に台北駐在。

ニューヨーク駐在の頃、現地校に通う三人の子供を見て、色々なことを経験させる米国教育の 良さを実感。また、学校・コミュニティーとの付き合いを女房任せにしていたことを猛省。 (米国では全50州のうち40州を訪問。未だグランドスラムを目指す。)

台北駐在時には何度も台湾人のバイタリティーに元気付けられ、以来”新新新台湾人”を自称。

2002年、大学ボート部の悪友に「騙されて」、株式会社イーケイジャパン社長に就任。
2011年9月、取締役会長に就任。東京をベースに新たな悪だくみの仕掛け作りに着手。(笑)
テクノロジー、サイエンス、アートをテーマとした新商品群・事業の構築に挑戦中。

趣味:観劇、音楽・映画鑑賞、旅行、絵画鑑賞、読書、ゴルフ(3年間休業状態!) 趣味というよりも、「好奇心旺盛」。

「悪戦苦闘の毎日だが、こんな素晴らしい事業に携わる機会に恵まれたことに感謝!」
「休暇がとれたら世界遺産を見て周りたい...」
「リタイヤしたらマンハッタンに住みたい...」

三菱商事課長時代は、「”部長より怖い”と言われていたらしい。」
「最近はめっきり温厚になった。」


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