株式会社イーケイジャパンは「楽しい科学」を提案する企業です。

文字サイズ


だるまさん精神

2009年3月15日(日)23:35:12井口 秀実 コメント »

それにしても、東京・横浜は雨に祟れただけでなく寒かった。

土曜日に訪れた横浜では懐かしい人にお会い出来、旧交を温めた。港町は風情がありますね。横浜の中華街は人・人・人。。。
20090314 横浜中華街.JPG
先立つ木曜日、長年に亘りお付き合いをお願いしている代理店のご招待会に出席して来た。ご挨拶に続く恒例のフォーマットは講演とディナーショー。昨年プロ野球を引退した桑田真澄氏は、人生の先輩に対して失礼とは思うが、と前置きし、勉強はダメだが誰よりも上手いと思って始めた野球で何度も自信喪失、そのたびに危機を乗り越えた秘訣を語ってくれた。それは、いつでも夢を追い続け、試練をばねとしたポジティブ志向とのこと。そして、窮地に陥るたびに「達磨」が現れ、立ち上がる勇気を貰ったと云う不思議な話もあった。ショーは海援隊。今年還暦を迎えるとのことだが、訥々とした口調乍らも、武田鉄矢氏の語りには笑いを呼ぶだけでなく聞かせるものがあった。
桑田・武田両氏の話に共通するものは「母の偉さ」。やっぱり母親ですなぁ。

慌ただしい出張を終え、昨夜帰福、
今朝はどこまでも抜けるような快晴。ふと見ると、ベランダのシクラメンが満開。
そして、外出先から見たもう一つの太宰府の顔がこれ。
20090315 シクラメン (6).JPG20090315 太宰府を望む.JPG

こんなにゆっくりとした気分は久しぶり。ご招待会に同席したお取引先の社長さんは、「とにかく売れない。味噌でも醤油でも何でも構わないから、とにかく売れるものを作ってくれ!」と仰っていたが、まさか電子味噌・醤油なんて無理と云うもの。でも、思いっきり発想を転換することも必要? アパレルと電子とか?スポーツとエレクトロニクスとか?それもありかも知れない。外に出るとたくさんヒントが貰えるものだ。疲れたが収穫を感じた出張だった。

今週は愈々会計年度の最終週。最後を締めて新年度に立ち向かおう。

あっ、明朝はWBCだ。すっかり忘れてた。侍JAPANの健闘を祈ろう。

 

コメント

この記事にはまだコメントがついていません。

コメント RSS トラックバック URL

トラックバック

コメントを投稿

コメントは承認後表示されます。

 

プロフィール

井口社長

井口 秀実(いぐち ひでみ)
Don Iguchi


1947年、東京都(豊島区池袋)生まれ。
血液型 O型

1970年、一橋大学経済学部卒、三菱商事株式会社入社。

海外事業計画作り、米国コングロマリット企業との合弁会社経営スタッフ業務を経て、 研究開発斡旋・技術移転・ベンチャー投資などに一貫して従事、文系の技術部長(本人苦笑)。

米国ベンチャーへの三菱商事投資第一号・第二号案件を推進、また民営化後初のNTT海外合弁 事業を立案、その立ち上げに中心的な役割を果たした。台北時代は支店の現地法人化を実現、 その経営を担当。

「一見華やかに見える総合商社のメインストリームの部門ではなかったが、時代の先を行く面白い 経験を沢山させて貰った。」

"Japan as No.1"の時代にニューヨーク駐在、”失われた10年”の時代に台北駐在。

ニューヨーク駐在の頃、現地校に通う三人の子供を見て、色々なことを経験させる米国教育の 良さを実感。また、学校・コミュニティーとの付き合いを女房任せにしていたことを猛省。 (米国では全50州のうち40州を訪問。未だグランドスラムを目指す。)

台北駐在時には何度も台湾人のバイタリティーに元気付けられ、以来”新新新台湾人”を自称。

2002年、大学ボート部の悪友に「騙されて」、株式会社イーケイジャパン社長に就任。
2011年9月、取締役会長に就任。東京をベースに新たな悪だくみの仕掛け作りに着手。(笑)
テクノロジー、サイエンス、アートをテーマとした新商品群・事業の構築に挑戦中。

趣味:観劇、音楽・映画鑑賞、旅行、絵画鑑賞、読書、ゴルフ(3年間休業状態!) 趣味というよりも、「好奇心旺盛」。

「悪戦苦闘の毎日だが、こんな素晴らしい事業に携わる機会に恵まれたことに感謝!」
「休暇がとれたら世界遺産を見て周りたい...」
「リタイヤしたらマンハッタンに住みたい...」

三菱商事課長時代は、「”部長より怖い”と言われていたらしい。」
「最近はめっきり温厚になった。」


アーカイブ


最近のエントリー



フィード


カレンダー

2009年 3月
« 2月   4月 »
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目製品


注目情報