株式会社イーケイジャパンは「楽しい科学」を提案する企業です。

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家族にカンパイ!

2009年8月19日(水)01:24:55井口 秀実 コメント »

「鶴瓶の家族に乾杯」と云う番組が好きだ。地方を舞台として、基本的なパターンは水戸黄門と余り変わらないのだが、ぶっつけ本番(?)で、人と人との出会いをモチーフに、笑いあり、涙あり、想定外のストーリーの展開あり、で、毎回、飽きることがない。最新作は、台湾(台南)だった。私の知っている台湾人の良さが本当によく滲み出ていて、直ぐにでも「里帰り」したくなった。

人と人とを結びつけるものは何か、切り離すものは何か? それを克服する術は何か?
価格的にも機能的にも大差ないと思われるのに、売れる商品がある一方で、売れない商品があるのか?宣伝力だけではあるまい。 勿論、技巧だけではない。詰まるところ、商品開発者の籠めた精魂とか、営業担当者の情熱とか、そう云った総合的な人間力の有無・大小によって最終的には雌雄が決せられるのではあるまいか。

衆院選真っ盛りだ。各党、必死にアピールしているが、美しい言辞を弄する前に、経営の心を持って貰いたい。それなくして、国民の琴線に触れるとは思えない。尤も、本心か美辞麗句か、中身があるかないかは、喋っている当人が一番分かっていることだろうが。。。 改革だとか責任力だとか、上っ面な言葉では騙されないぞと思うのである。

帰省ラッシュを告げるテレビ番組。新幹線のホームで孫に「またおいで」と窓越しに呼びかけるおじいちゃん・おばあちゃん達。インタビューされて、「この後が大ショックですわ。。。」と。そうなんだろうなあ。。。でも、某先輩曰く、「来て良し、帰って良し。孫との付き合いは疲れるぞ~。」
そんな思いもしてみたいものだ。

明日(今日だ!)はエレキットの創立記念日。ささやかなお祝いをする予定だ。

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プロフィール

井口社長

井口 秀実(いぐち ひでみ)
Don Iguchi


1947年、東京都(豊島区池袋)生まれ。
血液型 O型

1970年、一橋大学経済学部卒、三菱商事株式会社入社。

海外事業計画作り、米国コングロマリット企業との合弁会社経営スタッフ業務を経て、 研究開発斡旋・技術移転・ベンチャー投資などに一貫して従事、文系の技術部長(本人苦笑)。

米国ベンチャーへの三菱商事投資第一号・第二号案件を推進、また民営化後初のNTT海外合弁 事業を立案、その立ち上げに中心的な役割を果たした。台北時代は支店の現地法人化を実現、 その経営を担当。

「一見華やかに見える総合商社のメインストリームの部門ではなかったが、時代の先を行く面白い 経験を沢山させて貰った。」

"Japan as No.1"の時代にニューヨーク駐在、”失われた10年”の時代に台北駐在。

ニューヨーク駐在の頃、現地校に通う三人の子供を見て、色々なことを経験させる米国教育の 良さを実感。また、学校・コミュニティーとの付き合いを女房任せにしていたことを猛省。 (米国では全50州のうち40州を訪問。未だグランドスラムを目指す。)

台北駐在時には何度も台湾人のバイタリティーに元気付けられ、以来”新新新台湾人”を自称。

2002年、大学ボート部の悪友に「騙されて」、株式会社イーケイジャパン社長に就任。
2011年9月、取締役会長に就任。東京をベースに新たな悪だくみの仕掛け作りに着手。(笑)
テクノロジー、サイエンス、アートをテーマとした新商品群・事業の構築に挑戦中。

趣味:観劇、音楽・映画鑑賞、旅行、絵画鑑賞、読書、ゴルフ(3年間休業状態!) 趣味というよりも、「好奇心旺盛」。

「悪戦苦闘の毎日だが、こんな素晴らしい事業に携わる機会に恵まれたことに感謝!」
「休暇がとれたら世界遺産を見て周りたい...」
「リタイヤしたらマンハッタンに住みたい...」

三菱商事課長時代は、「”部長より怖い”と言われていたらしい。」
「最近はめっきり温厚になった。」


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