株式会社イーケイジャパンは「楽しい科学」を提案する企業です。

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SAMURAI BLUEはどこ行った?

2010年6月17日(木)15:53:23井口 秀実 コメント »

今回のワールドカップは開会前から白けた雰囲気が漂っていて、前回の2006年大会では、国を挙げて街を挙げての大応援で、Samurai Blueのフラッグが飾られなかった町はなかったのではなかろうかと云う程だったのに比べて、何たる違い!

カメルーン戦の日は、その直前に会食をしていたのだが、席上、ワールドカップが話題になることもなく、「勝ちを期待されないで送られる程、辛いことはないだろうね。」と。ところが、大方の予想が外れて、日本がカメールーンを破った。そうなると、次のオランダ戦は果たして勝ちか引き分けか、町中が大騒ぎしている。この「君子豹変振り」は何だ!

が、カメールーン戦での勝利の後ですら、風になびくブルーのフラッグを見掛けることはない。尤も、2010のフラッグなんて誰も作っていないのだろう。

と云う訳で、大切に倉庫に仕舞っておいた前回のフラッグを持ち出し、外を行く人や車によく見えるよう、外壁に飾ることとした。そして、その内一枚は社長室にも。。。

20100617 Samurai Blue.JPG

自分がやったのは、団体競技の華とも言えるボート(漕艇)だったが、サッカーやラグビーは先ず個人技があって、その上にチーム力が問われる競技だ。フィールドにいる選手一人一人の自律的判断が求められる。それが、若者の間にこれらスポーツに人気がある所以だろう。

確かに、本田選手のゴールは落ち着いていて良かった。が、それとて、松井選手の絶妙なパスがあってこそ、そして、そのパスと雖も、後方のその他の選手達が必死に守っていたお陰だ。もっと膨らますと、日本がここまで来れたのは、カズやゴンなど、昔、やはりワールドカップを目指して戦っていた多くの選手達がいたからこそと言える。君子豹変振りの最たるものはマスコミだろう。知性と報道の与える影響への責任感が問われるとしか言いようがない。

個人技とチーム力は企業でも同じこと。一人一人が自身を高める努力と研鑽をしなければ、組織も個人も成長はあり得ない。何と言っても、強いチームは選手間の連携が素晴らしく、そして美しい。

日本チームの善戦とgood luckを祈る!


プロフィール

井口社長

井口 秀実(いぐち ひでみ)
Don Iguchi


1947年、東京都(豊島区池袋)生まれ。
血液型 O型

1970年、一橋大学経済学部卒、三菱商事株式会社入社。

海外事業計画作り、米国コングロマリット企業との合弁会社経営スタッフ業務を経て、 研究開発斡旋・技術移転・ベンチャー投資などに一貫して従事、文系の技術部長(本人苦笑)。

米国ベンチャーへの三菱商事投資第一号・第二号案件を推進、また民営化後初のNTT海外合弁 事業を立案、その立ち上げに中心的な役割を果たした。台北時代は支店の現地法人化を実現、 その経営を担当。

「一見華やかに見える総合商社のメインストリームの部門ではなかったが、時代の先を行く面白い 経験を沢山させて貰った。」

"Japan as No.1"の時代にニューヨーク駐在、”失われた10年”の時代に台北駐在。

ニューヨーク駐在の頃、現地校に通う三人の子供を見て、色々なことを経験させる米国教育の 良さを実感。また、学校・コミュニティーとの付き合いを女房任せにしていたことを猛省。 (米国では全50州のうち40州を訪問。未だグランドスラムを目指す。)

台北駐在時には何度も台湾人のバイタリティーに元気付けられ、以来”新新新台湾人”を自称。

2002年、大学ボート部の悪友に「騙されて」、株式会社イーケイジャパン社長に就任。
2011年9月、取締役会長に就任。東京をベースに新たな悪だくみの仕掛け作りに着手。(笑)
テクノロジー、サイエンス、アートをテーマとした新商品群・事業の構築に挑戦中。

趣味:観劇、音楽・映画鑑賞、旅行、絵画鑑賞、読書、ゴルフ(3年間休業状態!) 趣味というよりも、「好奇心旺盛」。

「悪戦苦闘の毎日だが、こんな素晴らしい事業に携わる機会に恵まれたことに感謝!」
「休暇がとれたら世界遺産を見て周りたい...」
「リタイヤしたらマンハッタンに住みたい...」

三菱商事課長時代は、「”部長より怖い”と言われていたらしい。」
「最近はめっきり温厚になった。」


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