株式会社イーケイジャパンは「楽しい科学」を提案する企業です。

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猫に小判、豚に真珠

2010年8月20日(金)15:51:32井口 秀実 コメント »

一昨日、東大で開かれた「国際科学オリンピックシンポジウム」に出席して来た。
http://www.jsoc-info.jp/05koho/sympo.htm

開始前から長い行列。会場は、我々団塊の世代にとっては、?十年前の学園紛争のシンボルの安田講堂。
20100818 国際科学オリンピックシンポジウム@東大 (1).JPG

暑さもあり、「科学オリンピック」、「東大」には相応しくないと思えるほどのチンタラとした(非科学的な)入場手続きには閉口したが、父兄、元?科学者然としたご年配の方々等々と一緒に、”如何にもお利口さん”と云った感じの小中高生と引率の父兄が多数。会場が東大でもあるし、コンテンツが国際科学オリンピックでもあるし、理科や算数が大好きの子どもが多いのだろうな、親御さんは教育熱心な方々なのだろうなと想像している内に、愈々、「憧れと感動、そして志。」のテーマで、ノーベル化学賞受賞の野依良治さんの基調講演がスタート。

野依さんの1時間を超える講演は、科学者を志すようになったきっかけ、出会い、そしてこれからの日本に託す想いなど、とてもお歳を感じさせない熱演だった。
が、ふと周りを見回すと、国会の様子にも似た光景が・・・。
かなりの大人、子どもがスースー寝入っていた。折からの暑さに因るものかも知れない。が、一体何しに来たの?と問い掛けたくなる。当然、壇上の野依さんの目には入っていたことだろう、だから、講演の締めに差し掛かった頃には、「これからの日本」、「志」と云った言葉に力が籠もっていたのだろうなと勝手に感じたことだ。でも、そう云った「不逞の輩」とは別に、一心不乱に聞いていた子どもには野依さんのメッセージはちゃんと伝わったことだろう。

このブログでも何度か書いたが、最近あちこちで問題提起しているのは、「2050年、日本は何で食っているのか?」と云うこと。野依さんのような、全宇宙的な視野での発想に比べれば、ちっちゃい、低い次元なこととは自認するものの、想う先は大筋では外れていないと思う。そのような目標に向かって、エレキットが少しでも貢献出来る企業になることを期待している。


プロフィール

井口社長

井口 秀実(いぐち ひでみ)
Don Iguchi


1947年、東京都(豊島区池袋)生まれ。
血液型 O型

1970年、一橋大学経済学部卒、三菱商事株式会社入社。

海外事業計画作り、米国コングロマリット企業との合弁会社経営スタッフ業務を経て、 研究開発斡旋・技術移転・ベンチャー投資などに一貫して従事、文系の技術部長(本人苦笑)。

米国ベンチャーへの三菱商事投資第一号・第二号案件を推進、また民営化後初のNTT海外合弁 事業を立案、その立ち上げに中心的な役割を果たした。台北時代は支店の現地法人化を実現、 その経営を担当。

「一見華やかに見える総合商社のメインストリームの部門ではなかったが、時代の先を行く面白い 経験を沢山させて貰った。」

"Japan as No.1"の時代にニューヨーク駐在、”失われた10年”の時代に台北駐在。

ニューヨーク駐在の頃、現地校に通う三人の子供を見て、色々なことを経験させる米国教育の 良さを実感。また、学校・コミュニティーとの付き合いを女房任せにしていたことを猛省。 (米国では全50州のうち40州を訪問。未だグランドスラムを目指す。)

台北駐在時には何度も台湾人のバイタリティーに元気付けられ、以来”新新新台湾人”を自称。

2002年、大学ボート部の悪友に「騙されて」、株式会社イーケイジャパン社長に就任。
2011年9月、取締役会長に就任。東京をベースに新たな悪だくみの仕掛け作りに着手。(笑)
テクノロジー、サイエンス、アートをテーマとした新商品群・事業の構築に挑戦中。

趣味:観劇、音楽・映画鑑賞、旅行、絵画鑑賞、読書、ゴルフ(3年間休業状態!) 趣味というよりも、「好奇心旺盛」。

「悪戦苦闘の毎日だが、こんな素晴らしい事業に携わる機会に恵まれたことに感謝!」
「休暇がとれたら世界遺産を見て周りたい...」
「リタイヤしたらマンハッタンに住みたい...」

三菱商事課長時代は、「”部長より怖い”と言われていたらしい。」
「最近はめっきり温厚になった。」


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