2011年3月30日(水)00:42:21井口 秀実
気持ち暖かくなって来たなと思っていたら、家の近くの鷺田川畔の桜が一分咲きだ。

いつもの年なら、もう少しすると、お花見の季節だが、今年は余り気分が高まらない。つい、被災地の方々は毎日をどう過ごしているのかを考えてしまう。そんな中、今夜行われたサッカー日本代表対Jリーグ代表のチャリティーマッチは恐らく日本を一つにしたのではないか。
「被災地の人々に少しでも元気が伝われば。。。」と選手達が言っていたが、魅せますな、カズ。選手達の心意気と頑張りに自分まで元気を貰ってしまった!
2011年3月24日(木)01:07:04井口 秀実
今週から始まる新年度初の全体朝礼では、被災に遭われた方々を想い、全員黙祷を捧げ、最後には高業績を祈願して、恒例の「がんばろう!コール」で気勢を上げた。さあ、新年度出陣だ。
そして、私は夜半から東京へ。
上昇する機中から見る夜景には心なしか胸に染み入るものがあった。暗闇の中に点々と煌めく家の灯り、静かな平和を感じた。こんな気持ちで福岡の夜景を見入ったことはなかった。それに比し、羽田近くで見た東京は暗く見えた。実際、普段よりもずうっと暗かったと思う。この日本の心臓部、東京に大地震が起こったらどうなるだろうとマジ不安になった。
震災から今日で二週間を経過し、正直、ずうっと滅入っていた。
今日の選抜高校野球での創志高校・野山選手の宣誓には胸を打つものがあった。
私たちは16年前、阪神淡路大震災の年に生まれました。
今、東日本大震災で多くの尊い命が奪われ、私たちの心は悲しみでいっぱいです。
被災地ではすべての方々が一丸となり、仲間とともに頑張っておられます。
人は仲間に支えられることで大きな困難を乗り越えることができると信じています。
私たちに今できること。それはこの大会を精いっぱい元気を出して戦うことです。
がんばろう、日本。
生かされている命に感謝し、全身全霊で正々堂々とプレーすることを誓います。
昨日、デュッセルドルフ在住のアーティスト・定兼恵子さんから励ましのメールを頂戴した。
ご無事でよかった!今朝のこちらの新聞によれば、ドイツ人は今までに合計7.5mioユーロ(約9億円)を寄付してくれた由。また連日追悼ミサ、黙祷、追悼コンサートなど頭が下がります。昨日は私の所属する教会聖歌隊のリハーサルで、みんなが寄ってたかって慰めてくれました。まだまだ不安が続くと思いますが、ドイツではみんなが祈ってる、ということ忘れないでください。
がんばろう、日本!
今、自分が出来ることを一所懸命にやること。それが亡くなられた方々への真の供養であり、被災され辛い毎日を過ごされている方々への一番のエールと思う。
2011年3月16日(水)12:05:48井口 秀実
すっかり顔馴染みになった近くのコンビニの店員さんの話だと、「一部不足・遅れ気味の商品が出始めている。」とのこと。
食料品の配送会社をやっている友人によれば、「24時間臨戦態勢で、被災地への食料援助物資を最優先に届けている。」と。ご苦労様!
そうした中、東京の友人、Yさんからのメール。
「米なし、パンなし、水なし、ガソリンなし。。。大変です。」



「それでも、布団で寝れること、食事が出来ること、水が飲めること、トイレに行けること、等々、当たり前のことに感謝しています。」
ずっと昔、オイルショックの時にトイレットぺーぱーの買い占めなど大騒ぎになったが、テメーのことだけを考えるのででなく、良識を持った行動が求められている。原発事故についても然り。徒に不安感のみが煽られているようだ。
そのためにも、政府・役所のタイムリーな情報開示・提供が必須だ。
メディアも、同じような情報を競うように放出するのでなく、より良い連携の仕方を編み出して、必要な時に必要な情報を提供して欲しい。
誰にとっても大変な非常時、「ニッポンの正念場」には、国も、国民も、心を一つにして事に処したいものだ。
今日、太宰府の最高気温は8℃。風が冷たい。でも、被災地ではもっともっと寒かろう。想像を絶する辛さだろうが、頑張って!
2011年3月13日(日)18:48:57井口 秀実
時間が経つにつれて益々悲惨さを増す今回の大地震。被災に遭われた方々のことを思うと、胸が痛みます。
地震発生の当日からお取引先や友人・知人の安否を確認するために電話・メールなど片っ端からトライしているが、なかなかリーチ出来ない状況が続いています。東京にいる嘗ての同僚や部下は何とか状況を把握出来ましたが、東北地方、八戸で会社社長をしている同期の友人、仙台でやはり事業を営む先輩、いわきに単身赴任し小さな会社を経営している後輩 ・・・ 彼らがどうなっているか、大丈夫だろうと希望しつつつも心配で心配でなりません。
昨日も今日も朝は魘されるように目が覚める毎日。
東京と近郊に住む友人・知人の多くが「ぐらっと来た瞬間、これで死ぬんじゃないかと思った!」と異口同音に言っていました。東京にいる家内・母は「家がよじられるように震えた。とっても怖かった。」と。
自然の威力の前には人間はなす術もないことを改めて知らされます。
ヘルシンキ、台北、バンクーバー、ニューヨーク、シンガポール。。。 海外からも次々と、「Our thoughts are with you… (心配しているよ。頑張れ!)」と安否を気遣う励ましのメールを頂戴し、本当に嬉しく、有り難く思っています。
日本は沈まない!
その気合で今回の窮地を乗り越えたいです。
被災地の方々にはご苦労様ですが、是非是非頑張り抜いて欲しいとただただ祈るばかりです。
=追記=
福島県いわき市の後輩は避難所にいることが判明。安堵しました。
仙台の先輩も生存確認出来ました。但し、「工場、家全て失った」と。
八戸の同期についても、自身・工場とも無事との確認がやっと取れました。
(2011. 3. 14)
2011年3月8日(火)10:32:47井口 秀実
春めいた陽気になって来たが、風はまだ冷たい日々。
戸板康二さんの「ちょっといい話」は好きな本で、時々読み返している。ほのぼのとした色々なエピソードが元気を取り戻させてくれる。
日曜日夕方、インターホンが鳴った。
誰だろう?何だろう?モニターを覗くと、最初は暗くてよく分からず訝しんだが、「井口さん、井口さん」と連呼している。よく見るとお隣のTさんのご主人らしき男性。「あ、Tさん、お久し振りです。何か?」「車のフォグランプが付いたままですよ!」「ええっ!? わざわざ有り難うございます。」
少しして、またインターホンが鳴った。今度もやはり同じマンションのKさん。「井口さん 車のフォッグランプが付けっぱなしじゃ!」「あ、ありがとうございます!」
僅か2、3分の間に、お二人の方がわざわざ知らせてくれた。
今朝、例によって会社の前の通りを掃除していると、「おはようございます!」と声を掛けられた。全く存じあげないご婦人だった。こちらに来てから、行き交う人と挨拶を交わすことは時々あるが、掃除をしていて声を掛けられたのは全く初めてのこと。
大都会ではあり得ないだろうな。。。嬉しくなっている。
日本も世界も不信・不審・不振が当たり前になっているが、どこでも日々の生活こう云ったことがフツー、当たり前であったなら、もっと住み易い社会になるだろう。そうしたいものだ。