株式会社イーケイジャパンは「楽しい科学」を提案する企業です。

文字サイズ


ジャム作り

2011年5月17日(火)15:53:29井口 秀実 コメント »

最近、少し(ほんの少し)凝っているのがジャム作り。
と言っても、まだまだ入門の域を出ず、気の向いた時に作っている程度だが、それなりに工夫しているつもり。成果物の実験台は殆どが家族だが、時たま社員の中に犠牲者を出すこともある。「どう?」と訊くと、例えば、「甘さは控えたんですね?」とか極々外交的な答え。。。向学心に富む(?)自分としては、本当はもっとストレートなご意見を頂戴したいところ、やはり傷つけまいとのご配慮だろう。

当然のこととして、勿論、高価な材料は使わない(リスクが高過ぎて使えない(笑))。材料の切り方、砂糖類の量と加え方、煮詰め方、。。。。 ま、所詮「趣味」とは言え、実に奥が深い。組織論・ものづくり論にも通じることも多いし、趣味と仕事を分けるものは何だろう?、趣味の効用は何だろう?なんてことも考えてしまう(ここらは殆ど仕事感覚の発想になってるな。反省!)。 この週末も二種類の風味にトライしてみた。出来は上々!(と思う。) さて、次の犠牲者は?

ところで・・・
大阪の橋本知事「国歌で起立しない教員は免職だ!」と。
それに対して早くも、「処分権の濫用だ!」との反発が・・・。
もう十年以上も前のことになるが、台湾に駐在していた時、オフィスを回ると、社員が直ぐ立ち上がって挨拶をしたことを憶えている。今の台湾ではどうなっているだろうか?恐らく、グローバル化、欧米文化の影響を受け、変わっていることだろう。そう云った「基本中の基本」が日々の生活シーンから消え失せ、教育界自らが「一本芯の通らない日本人」を増産しているようで、実に悲しいものがある。教育然り、政治然り。。。こんな状況が続けば更に世界の後塵を拝する事態を招くのは必至ではあるまいか。

コメント

この記事にはまだコメントがついていません。

コメント RSS トラックバック URL

トラックバック

コメントを投稿

コメントは承認後表示されます。

 

プロフィール

井口社長

井口 秀実(いぐち ひでみ)
Don Iguchi


1947年、東京都(豊島区池袋)生まれ。
血液型 O型

1970年、一橋大学経済学部卒、三菱商事株式会社入社。

海外事業計画作り、米国コングロマリット企業との合弁会社経営スタッフ業務を経て、 研究開発斡旋・技術移転・ベンチャー投資などに一貫して従事、文系の技術部長(本人苦笑)。

米国ベンチャーへの三菱商事投資第一号・第二号案件を推進、また民営化後初のNTT海外合弁 事業を立案、その立ち上げに中心的な役割を果たした。台北時代は支店の現地法人化を実現、 その経営を担当。

「一見華やかに見える総合商社のメインストリームの部門ではなかったが、時代の先を行く面白い 経験を沢山させて貰った。」

"Japan as No.1"の時代にニューヨーク駐在、”失われた10年”の時代に台北駐在。

ニューヨーク駐在の頃、現地校に通う三人の子供を見て、色々なことを経験させる米国教育の 良さを実感。また、学校・コミュニティーとの付き合いを女房任せにしていたことを猛省。 (米国では全50州のうち40州を訪問。未だグランドスラムを目指す。)

台北駐在時には何度も台湾人のバイタリティーに元気付けられ、以来”新新新台湾人”を自称。

2002年、大学ボート部の悪友に「騙されて」、株式会社イーケイジャパン社長に就任。
2011年9月、取締役会長に就任。東京をベースに新たな悪だくみの仕掛け作りに着手。(笑)
テクノロジー、サイエンス、アートをテーマとした新商品群・事業の構築に挑戦中。

趣味:観劇、音楽・映画鑑賞、旅行、絵画鑑賞、読書、ゴルフ(3年間休業状態!) 趣味というよりも、「好奇心旺盛」。

「悪戦苦闘の毎日だが、こんな素晴らしい事業に携わる機会に恵まれたことに感謝!」
「休暇がとれたら世界遺産を見て周りたい...」
「リタイヤしたらマンハッタンに住みたい...」

三菱商事課長時代は、「”部長より怖い”と言われていたらしい。」
「最近はめっきり温厚になった。」


アーカイブ


最近のエントリー



フィード


カレンダー

2011年 5月
« 4月   6月 »
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目製品


注目情報