再見 DAZAIFU !
2011年9月30日(金)00:22:18井口 秀実 コメント »
今日は太宰府を離れ、活動の拠点を東京に移す日。

会社を裏側から撮ったのは初めてのこと。
色々な思い出を胸に、夜遅く東京に到着しました。
引っ越しの準備も一苦労だったが、何日後かに届く大量の家財の荷解きの大変さを想像すると気が重くなります。
短いようで長く、長いようで短い9年だったな。。。と。
2011年9月30日(金)00:22:18井口 秀実 コメント »
今日は太宰府を離れ、活動の拠点を東京に移す日。

会社を裏側から撮ったのは初めてのこと。
色々な思い出を胸に、夜遅く東京に到着しました。
引っ越しの準備も一苦労だったが、何日後かに届く大量の家財の荷解きの大変さを想像すると気が重くなります。
短いようで長く、長いようで短い9年だったな。。。と。
2011年9月26日(月)04:17:25井口 秀実 コメント(1) »
太宰府生活もあと幾ばくか、家の中はもぬけの殻!三連休は荷物の整理に。「そんなガラクタ捨てたら?」と言われながらも、「だから、女はロマンがないんだよ。。。」と抵抗をしつつ、終了したのは日曜日の夕方。後は引き渡しのみとなり、ホテル暮らしを余儀なくされる日々が始まった。流石に疲労困憊していたのだろう、ほうほうのていで(笑)夕食を済ませると、いつの間にかバタンキューしていた。
目が覚めたら3時前。あ、昨夜の良い思い出を書かねばと、必死で起き上がっている。
実は、昨晩は「太宰府・古都の光」があった。私も加わっている異業種交流ネットワークの一部の方々が「有志」として数年前から悪戦苦闘して来たプロジェクトだ。「古都・太宰府をもっと素晴らしい街に」の想いで、秋の夕べ、ろうそくの明かりだけで太宰府を繋ぎ・灯そう、と。面白いことに、当初からその中心的な役割を担っている方々は、皆、太宰府の原住民ではない、エイリアンばっかりだ。知らないからこそ見える「良さ」、それがこのプロジェクトを牽引して来た。第一回の2006年の頃、私も家内もほんの少しお手伝いさせて頂いたが、「地元」はどちらかと冷ややかな反応だった。 ま、どこのエリアでも改革は外からのケースが多いのは真実らしい。そう言えば、「七人の侍」もそんなストーリーではなかったか。。。
天満宮から観世音寺を経て政庁跡から水城まで ・・・ これが実現するのに多くの時間と苦労が費やされた。
が、All is well that ends well. ・・・・ そう思うことにしよう。

朱雀@政庁跡
藤村さん、島松さん、斉藤さん、風子さん。。。。 おめでとう! 頑張った甲斐がありましたね。
そして、太宰府の良い思い出を残してくれて有り難う!
2011年9月21日(水)17:29:53井口 秀実 コメント(2) »
朝から土砂降り、夕方はスカッと晴れ。。。
下半期が始まった今日、私は会長となり、新しい社長への引継ぎと新体制のお披露目を兼ねての上半期の業績と今後の課題のレビュー会議だ。各部署の代表選手にはそれぞれに、達成出来たこと、出来なかったことのプレゼンをして貰った。
ふむふむ。。。昔に比べると、格段に上手になったなぁと感心。
私は、9年間を振り返ってお話をさせて貰った。ま、年寄りの戯れ言と映ったかも知れないが、今でも失わないこの事業への熱き想いをどれ位伝えられたか。。。
午後になって・・・・・、
まるで永久におさらばする訳でもないのに、社員の皆さんから”シャチョー、お疲れ様!ケーキ”を頂戴した。「追い出したいのなら別だけど、絶対にそう云うことはしてくれるなよ!」と言ってあったのに!
お~、これは素晴らしい!
会議の時に出されたら、間違いなく涙をこぼしていたに違いない。
このケーキを作って下さったJean Deuxの陶山さんにお礼に伺ったら、「寂しくなりますね~。社員の方からお話を聞いてデザインしました。」と。
この方には、ここに来て間もない頃、会社の30周年記念パーティのために、特注のケーキを作って頂いたことがある。

エレキットのロボットをテーマに、絶対に一人では運べない程の、ずっしりと重いケーキだったが、覆いを取った瞬間に社員の間から「お~っ!」と歓声が上がったものだ。「とにかく、他の仕事が出来ませんでした!」と陶山さんが仰っていた。
今回、頂戴したケーキはそれに優るとも劣らぬ傑作だ。”ボートをモチーフに”との入れ知恵とそれを形にして下さったこと、そして、とにもかくにも社員の皆さん・陶山さんのお気持ちが有り難く、食べるのがとてもとても勿体無くて。。。
ありがとう!
2011年9月18日(日)17:19:27井口 秀実 コメント »
三連休となると、ショーバイ上がったりなのは痛い、でも、愈々社長業おさらばの身としては書類の整理などの時間が取れるので、悲喜交々です。
一昨日の晩、今度の土曜日に放送予定のテレビ番組の収録に行って来ました。
「独自の技術やサービス・新たなアイデアで商機を模索する九州の会社や挑戦者たちを大プッシュ!ビジネスのウラ話や面白エピソード・現場のドラマを楽しみながら、「これからの働きがいって何?」
そんなことも考えたりする30分です。」と云う謳い文句の30分番組です。
人気パーソナリティの中島浩二さんと美人アシスタントの原田和恵さんを相手に、いやぁ・・・、緊張しましたね。
事前に収録・編集してある内容を見ながら、合間合間に会話を入れて行く手筈なのですが、リハーサルらしきものの時は気楽に喋れるのに、いざ本番となると、さっき話した内容を忘れてしまったりして。。。(苦笑)
でも、中島さんと原田さんのリードで何とか終えることが出来ました。さすがプロですね。
恰好良く言えば、”ELEKIT - its business and people (under a lousy President)”とでも。。。?(笑)
社員達の名演振りが印象に残りました。今週土曜日(9月24日)朝9時半からです。
http://www.tvq.co.jp/o_j/goodjob/ 九州地方だけですが、是非ご覧下さい。
全体としては、良く撮れていると思うんですがね。。。、社長のところがちょっと・・・。
ディレクターのHさん曰く、「最初は別の番組でほんの数分程度のつもりだったんですが、取材をする内に自分達がのめり込んでしまいまして・・・。」と。そう云う予定変更はとても嬉しいですね。スタジオのスタッフの皆さんも一所懸命助けて下さいました。
2011年9月15日(木)00:35:05井口 秀実 コメント »
既にホームページトップでご案内の通り、上半期終了を以て後進に社長を譲ることとなっています。
長いようであっと云う間に過ぎたこの9年間で、感慨深いものがあります。 そして、海援隊ではないけれど、「思えば遠くに来たもんだ。。。」の感なきにしもあらず。なんでここにいるんだろう?(笑)
好きな歌手の一人、バーバラ・マンドレルの歌に、”It’s strange how the days turned into years.”と云う一節がありますが、本当に不思議な感覚です。
10月からは東京をベースに活動して行きますが、「井口さん 挨拶状貰ったけど、今度は何やらかすの?」と訊かれることがしばしば。これまでも新しいことにトライして来たイメージがあるのでしょうね。もちろん!「えっ?!エレキットがこんなことを?」と思われることが出来たら面白い・嬉しいですね。マジそう思ってます。
“After all these years …….” 感無量なものがあります。

井口 秀実(いぐち ひでみ)
Don Iguchi
1947年、東京都(豊島区池袋)生まれ。
血液型 O型
1970年、一橋大学経済学部卒、三菱商事株式会社入社。
海外事業計画作り、米国コングロマリット企業との合弁会社経営スタッフ業務を経て、
研究開発斡旋・技術移転・ベンチャー投資などに一貫して従事、文系の技術部長(本人苦笑)。
米国ベンチャーへの三菱商事投資第一号・第二号案件を推進、また民営化後初のNTT海外合弁
事業を立案、その立ち上げに中心的な役割を果たした。台北時代は支店の現地法人化を実現、
その経営を担当。
「一見華やかに見える総合商社のメインストリームの部門ではなかったが、時代の先を行く面白い
経験を沢山させて貰った。」
"Japan as No.1"の時代にニューヨーク駐在、”失われた10年”の時代に台北駐在。
ニューヨーク駐在の頃、現地校に通う三人の子供を見て、色々なことを経験させる米国教育の
良さを実感。また、学校・コミュニティーとの付き合いを女房任せにしていたことを猛省。
(米国では全50州のうち40州を訪問。未だグランドスラムを目指す。)
台北駐在時には何度も台湾人のバイタリティーに元気付けられ、以来”新新新台湾人”を自称。
2002年、大学ボート部の悪友に「騙されて」、株式会社イーケイジャパン社長に就任。
2011年9月、取締役会長に就任。東京をベースに新たな悪だくみの仕掛け作りに着手。(笑)
テクノロジー、サイエンス、アートをテーマとした新商品群・事業の構築に挑戦中。
趣味:観劇、音楽・映画鑑賞、旅行、絵画鑑賞、読書、ゴルフ(3年間休業状態!)
趣味というよりも、「好奇心旺盛」。
「悪戦苦闘の毎日だが、こんな素晴らしい事業に携わる機会に恵まれたことに感謝!」
「休暇がとれたら世界遺産を見て周りたい...」
「リタイヤしたらマンハッタンに住みたい...」
三菱商事課長時代は、「”部長より怖い”と言われていたらしい。」
「最近はめっきり温厚になった。」