株式会社イーケイジャパンは「楽しい科学」を提案する企業です。

文字サイズ


いぶし銀

2011年11月23日(水)19:50:56井口 秀実 コメント »

落合監督退任。

ロボカップで知り合った岡田さんがFacebookで以下の記事を教えてくれた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111122-00000605-san-base

行動した人のみ発することのが出来る言葉。凄いと思う。
我々凡人には、とってもこの境地には到達出来ない。

が、少しでも近付きたいと思う。

 

22[tu:tu:]が作ってくれた出会い

2011年11月16日(水)00:36:21井口 秀実 コメント »

SFMOMA (San Francisco Museum of Modern Art)のcurator、Mr. Beckerとミーティングする機会を得た。

「日本」、そして「日本のデザイン」の現状を調べに来たそうだが、東日本大震災のその後の状況も心配とかで仙台方面にも行くらしい。

この8月からSF MOMAで開催されているDieter Rams展に纏わる苦労話やそこに”22”を同時展示したいと考えるに至った経緯、またプロダクト・デザインについての考え方などを直接に聞くことが出来たのは収穫だった。

20111115 with SFMOMA - Mr. Becker (1).JPG
記念写真と云うことで、3人とも妙に緊張?

素晴らしい商品は国境を越え、それによって新たな出会いが生まれるもの。日本はもっともっと情報発信をし、積極的に交流する機会を作らなくてはいけないと改めて感じた。

ロボット展

2011年11月13日(日)15:59:22井口 秀実 コメント »

昨日、久しぶりにロボット展を訪れた。とは言え、最終日駆け足で。

終了間際のためか(多分そうだろう)、人通りも必ずしも多くはなく、嘗てロボットブームの頃の「熱」は感じられない。会場の大半は産業ロボットと研究機関の展示・デモが占めている。

ロボットブームだった頃、一心に注目を浴びていたのはヒューマノイドだったが、今ではごくごく当たり前のものとして受け止められているように見える。情報と知識が余りに溢れ、鈍感になっているのかも知れない。

が、着実に技術の進歩の跡は随所に窺うことは出来た。

20111112 国際ロボット展@ビッグサイト (21).JPG今年のロボット大賞
「豚ももの部位除去ロボット」

ホビーロボットから実用性の期待出来るロボット、特に医療・介護、困難な状況下での救助などに、一般の関心が移り、展示されている開発成果もそう云った空気を反映しているようだ。さりとて、庶民が自由に使いこなせるロボットがそうスイスイと開発・商用化出来るものでもない。そして、技術開発上の課題だけでなく、規制の問題、リスクを受け止めトライする姿勢の有無、。。。 日本は技術的には進んではいるものの、行政だけでなく市民レベルでの「非技術障壁」が余りに多過ぎるように思える。

9月、オーストリア・リンツを訪れた時、セグウェイを走らせて街中を行進している年配の一行があった。先日、横浜にそのセグウェイの日本での展開をされている大塚さん・秋元さんを訪れる機会があった。彼らとはロボカップで知り合った仲間だ。「横浜は面白いところがあって、如何にもセグウェイを走らせるには格好の環境で、セグウェイにピッタリじゃない?」と申し上げたら、「市当局の興味も高いが、実行となると色々と難しい面が多く、まだまだ実現に至っていない。」とのことだった。  
セグウェイ・ジャパンのサイト: http://www.segway-japan.net/index.html 

折しも、TPP論議が盛んだが、私はまだTPPについて自分なりに持つべき意見を持っていないが、攻守のバランスを以って新しいことにチャンレンジしていかないと、本当に日本は沈んでしまうのではないかと危惧している。

こんなことを感じさせるロボット展だった。そして、我社が出来ること・すべきことは何なのかを改めて考える機会ともなった。

子供も少なかったし・・・、子供のためのロボット工作教室もなかったし・・・、ちょっと寂しい気分で家路に着いた。

一期一会

2011年11月11日(金)00:54:33井口 秀実 コメント »

東京に戻って来て僅か一ヶ月の間に二回の葬儀に参列した。

一人は、社会人になって間もない20代の前半から30代の頃、もう一人は自分もそこそこの立場になった頃、それぞれ異なった状況ではあるが、色々とご教示を賜った大先輩の方々だ。言葉は厳しく、ストレートで辛辣ではあったが、後になって心に沁みるものがあった。

結局、何の恩返しもせず、9年間のご無沙汰をお詫びしご冥福を祈ることしか出来ないのは辛いものがある。「後悔先に立たず」とはこのこと。

その時、その時が勝負、一瞬一瞬を大事にせねば・・・。

 

 

センチメンタル・ジャーニー

2011年11月3日(木)14:32:27井口 秀実 コメント »

昨日から台北に来ている。

20111102 台北へ (10).JPG

この街とのお付き合いも15年以上。初めて訪れた時、『「国家」とは何か?』を考えさせてくれた国だ。
嘗て戒厳令が布かれていた町とは思えない。自由な雰囲気と相変わらずの活気。少しご無沙汰している間に、更にきれいに、そして、至るところでデザイン重視を感じさせる。

20111102 台北散策 (6).JPG

その一方で、ぶらり歩くと、面白い光景も・・・。
この廟。一応信仰の場所だと思うのだが、表示はLED、奥にはおそばを啜っているおばさんが・・・。(笑) 如何にも台湾らしいと言えないだろうか。

20111102 台北(ホテル近くの廟).JPG

昨晩、初めて「101」の展望台に上がった。

20111102 台北散策 (34).JPG将に「おのぼりさん」だ。(笑)

とにかく、旅行の自由化のおかげか、中国人が多いのに吃驚。香港のようにならねば良いが・・・。

早朝、嘗ての総統、蒋経国さんの通訳をされていた劉先生ご夫妻にお会いする機会を得た。
「いらっしゃい!今日は文化の日ですね。」 あ!すっかり忘れていた。
奥様曰く、「この人は日本の伝統的な行事や祝祭日をよく憶えているんですよ。」と。
今は日本語学校で朝晩教えていらっしゃる。流石に、きちんとした日本語を話される。日本人の日本語よりもよっぽどきれいな日本語だ。
御年94歳だが、矍鑠とされている。「働くことで元気を維持出来るんですよ。」 暗に、ハッパを掛けられてしまった!

李登輝さんの「台湾の主張」を思い出した。もう一度読み返してみようかなと思っている。現在の日本にどんな主張があるのか?改めて考え込んでしまう。


プロフィール

井口社長

井口 秀実(いぐち ひでみ)
Don Iguchi


1947年、東京都(豊島区池袋)生まれ。
血液型 O型

1970年、一橋大学経済学部卒、三菱商事株式会社入社。

海外事業計画作り、米国コングロマリット企業との合弁会社経営スタッフ業務を経て、 研究開発斡旋・技術移転・ベンチャー投資などに一貫して従事、文系の技術部長(本人苦笑)。

米国ベンチャーへの三菱商事投資第一号・第二号案件を推進、また民営化後初のNTT海外合弁 事業を立案、その立ち上げに中心的な役割を果たした。台北時代は支店の現地法人化を実現、 その経営を担当。

「一見華やかに見える総合商社のメインストリームの部門ではなかったが、時代の先を行く面白い 経験を沢山させて貰った。」

"Japan as No.1"の時代にニューヨーク駐在、”失われた10年”の時代に台北駐在。

ニューヨーク駐在の頃、現地校に通う三人の子供を見て、色々なことを経験させる米国教育の 良さを実感。また、学校・コミュニティーとの付き合いを女房任せにしていたことを猛省。 (米国では全50州のうち40州を訪問。未だグランドスラムを目指す。)

台北駐在時には何度も台湾人のバイタリティーに元気付けられ、以来”新新新台湾人”を自称。

2002年、大学ボート部の悪友に「騙されて」、株式会社イーケイジャパン社長に就任。
2011年9月、取締役会長に就任。東京をベースに新たな悪だくみの仕掛け作りに着手。(笑)
テクノロジー、サイエンス、アートをテーマとした新商品群・事業の構築に挑戦中。

趣味:観劇、音楽・映画鑑賞、旅行、絵画鑑賞、読書、ゴルフ(3年間休業状態!) 趣味というよりも、「好奇心旺盛」。

「悪戦苦闘の毎日だが、こんな素晴らしい事業に携わる機会に恵まれたことに感謝!」
「休暇がとれたら世界遺産を見て周りたい...」
「リタイヤしたらマンハッタンに住みたい...」

三菱商事課長時代は、「”部長より怖い”と言われていたらしい。」
「最近はめっきり温厚になった。」


アーカイブ


最近のエントリー



フィード


カレンダー

2011年 11月
« 10月   12月 »
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930  

注目製品


注目情報